第11節  天体現象の神格化

 エジプト人にとって、(見せかけの)天体の運行は神々の営みであった。夜空はヌトであり、その体に星々を
鏤めていた。夜に太陽が見えないのは、ヌトの胎内を通過しているからであり、翌朝再誕生すると信じられて
いた。その様子がセティ6世の墓室に描かれている。

http://www.cloudbait.com/archaeo/egypt.html
The ceiling of the tomb of Ramesses VI (1143-1136 BCE).
The ceiling depicts Nut, the Egyptian goddess of the sky. 」

「オシリスネット」がラムセス6世の天井画を掲載しているが、夜空の色が黒ではなく紺色であることが
分かる。(http://www.osirisnet.net-tombes-pharaons-e_ph1.htm ラムセス6世の31番目の画像)



 この画像によって、夜空がラピス・ラズリで表現されていたことが再認識できよう。ヌトのとるポーズは、ヘリ
オポリスの創世神話に基づいている。未だ輝きを持たない太陽であったアトゥムは、原初の水ヌンから抜け出
すために、原初の丘を出現させて足掛りとした。アトゥムは空気の神シューと湿気の女神テフヌトを生み、この
一対の神々から空の女神ヌトと大地の神ゲブが生まれた。最初二人は抱き合っていたのでシューがヌトを持
ち揚げて両者を引き離した。その様子を表わしたパピルスがある。


「天空の女神ヌト (ネシタネバシュルウのパピルス、第21王朝)」


http://www.britannica.com/eb/art-5646/Geb-falling-away-from-intercourse-with-Nut-detail-from-the
Geb falling away from intercourse with Nut, detail from the Papyrus of Tameniu; in the British Museum

 さらに、プトレマイオス時代のデンデラのハトホル神殿では、ゲブが姿を消した代わりに、生まれたばかりの
太陽が、ハトホル女神を照射する図柄となっている。ここでも、背景色がラピスラズリ色であると分かる。


http://alain.guilleux.free.fr/dendera/temple_dendera_interieurs.html


デンデラ ハトホル神殿の壁画。     右はそのイラスト。
http://alain.guilleux.free.fr/dendera/temple_dendera_interieurs.html

 ここに一つの象徴化があり、「センネジェムの墓の天井画」と同じように、ヌトの上半身はヒエログリフの
天で、四肢は天の支え、ハトホルはであり、天地全体を表現しているのである。しかし、ニュアンスの違う
壁画もある。

 

http://alain.guilleux.free.fr/khokha_dhutmosi_nefersekeru/khokha_dhutmosi_nefersekeru.html
「ネフェル・セケルウの壁画」

 から出た両腕が再生寸前の太陽円盤を受け取っている。その腕はヌトに他ならない。この壁画では、
死せる主を再生させたのはイシスとネフティスなので、ヌト女神は産婆の役割を果たしているのだろう。かくし
て死者は、ヌトに取り上げられ、抱かれて来世へと迎え入れられるのである。 
 ウイルキンソンは[hepet]の解説で、『ピラミッド・テキスト━呪文1629』の一文を引用している。
「ヌトはその息子、すなわち汝の上におりたち、汝を守る。ヌトは汝を包み、汝を抱え、汝を抱きあげる①55p」
王族の誕生と死には、必ず神々が訪れて立ち会って加護を保証したのであろう。そのイメージはそのまま、
天体現象に投影されたのである。

 「[seba]エジプト人の死生観によば、星は天空の住人というだけではなく、夜ごと太陽が通過する、地
下の死者の王国ドゥアド<N13>の住人でもある①175p」

 「[per・wr]神殿では毎日、神官が『天の扉は開かれる』と唱えながら厨子の扉<*O31>をあけ、神
の像に沐浴をさせ、衣服を着せ、食べ物を供えるなどして、神への奉仕をする①192p」

 王族の誕生と死には、必ず神々が訪れて立ち会って抱き加護を保証したのであろう。かくして故人は、
死者の国でとして暮らすのだが、神官は神殿の厨子の扉を開くだけで神々や故人に会うことが出来、
奉仕することが出来たのである。エジプト人にとって、来世とはそれほど身近にあり、天体の運行ですら慣れ親
しんだ日常生活と信仰を反映しているに過ぎなかったようである。

 一方、セティ1世の王墓には星座も描かれていてるが、夜空は紺色に塗られている。




http://members.optusnet.com.au/~gtosiris/page11-10a.html
「The arrangement of the ancient Egyptian northern constellations on the astronomical ceiling of Hall K of
the tomb of Seti I. No written record survives for identifying the constellations depicted.
Seti I (reigned 1303-1290 BCE) was the son and heir of Ramses I. The tomb of Seti I is located in the Valley
of the Kings, Luxor.」

 さて、夜空のヌトはラピスラズリ色で表現されていた。「ウィキぺディア」の「ラピスラズリ」の解説によれば、
「ラピスラズリの古代の原産地は、ほとんどアフガニスタン」であったそうだ。地理的状況から考えるとメソポタ
ミアからエジプトに持ち込まれたに違いない。実際、メソポタミアには古くから美術工芸品に使われていた。
http://www.museum.upenn.edu/new/exhibits/online_exhibits
/wine/winemesopotamia.html


A Mesopotamian "banquet" scene as depicted on a lapis lazuli
cylinder seal from Queen
Pu-abi's tomb in the Royal Cemetry
at Ur
, dating to ca. 2600-2500 B.C.


「ラピスラズリの円筒印象」


 エジプトでは中王国時代のセンウセレト3世の胸飾りにラピスラズリの使用が確認できる。


 スカラベがラピスラズリで作られている。新王国時代にも同様の表現が受け継がれたようで、ツタンカーメン
や他に類例を見ることが出来る。

http://tours-egypt.com/king-tut-egypt.asp

From the tomb of Tutankhamun, Valley of the Kings,
W. Thebes. 18th Dynasty (1334-1325 B.C.)

ツタンカーメンの遺品であるがスカラベがラピスラズリ
で作られている。



http://www.emporia.edu/earthsci/amber/go340/
students/haltom/


Gold pendant, inlaid with lapis lazuli scarab, 1300 BC.

このスカラベだけでなく、舟が浮かぶ川若しくは
海もラピスラズリで作られている。







 胸飾り(ペクトラル)は、貴金属が鏤めてあるので、神々が表現された作品を紹介する。



http://www.pixelparadox.com/glyph.htm

http://touregypt.net/museum/pectoral1page.htm
Gold pendant with various deities
http://touregypt.net/museum/tutl32.htm

http://www.lupi.ch/schools/class/tut.html

 これは、以上のペクトラルの中で、最も古くて精巧なツタンカーメンの遺品である。全てに共通している事は、
神々がトルコ石によって水色で表現されている事である。また、有翼円盤の翼の一部と、イシスのがラピス・
ラズリで作られている。それは、意味の無い気まぐれの表現なのだろうか?
翼のラピルラズリは夜空を、水色は日中の青空を象徴していることが、後々分かるだろう。同様の事がイシスの
彩色にも当て嵌まるのである。


www.egyptos.net/ egyptos/
dieux/isis.php
ホルエムヘブの墳墓内の壁画
 ホルエムヘブの壁画のイシスの冠、及びヒエログリフののある夜空、及びヒエログリフの
同じくラピスラズリの色で塗られている。


http://www.kv5.de/html_german/data_kv47_german.html
「シプタア王墓 テーベ 第19王朝 BC1205年頃」

 周りが星のある夜空で囲まれながら、イシスとネフティスは鳶に姿を変えながら、太陽円盤を加護している。
イシスのが、夜空と同じラピスラズリで塗られのは一つの決まりであるようで、夜空を暗示しているに違い
ない。イシスはヌト女神の特性を吸収した女神となったと思われる。

 フネフェルのパピルスであるが、ネフティスの髪は水色で塗られている。またイシスのにも、微かに水色
に塗られた痕跡が残っている。の色はラピスラズリ色でも水色のどちらでも良かったのだろうか?それに
ヒントを与えてくれる作品がある。
http://www.jensenmusic.ca/kate/
tut/Layers/an_620_18.html


This beautiful faience amulet, about 3 inches tall,
is made of blue faience which was marked with manganese.
 
http://www.egiptologia.com/content/
view/2341/73/

 イシスを象徴するといわれているティトは
幾つかの壁画では、このようにブルー系の
色で塗られている。
Statuette of Isis and Horus

http://www.carlos.emory.edu/COLLECTION/
EGYPT/egypt11.html


Thirtieth Dynasty-Early Ptolemaic Period,
ca. 380-200 B.C. Faience. Gift in memory
of Dr. Charles Shute. 2000.4
http://www.metmuseum.org/toah/ho/04/afe/
ho_55.121.5.htm


Statuette of Isis and Horus,
Ptolemaic Period, ca. 304–30 B.C.
Egyptian faience; H. 6 3/4 in. (17 cm)
 
 水色とはトルコ石の色で、「ウィキぺディア」のトルコ石の解説は、貴重な情報を提供している。
 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%B3%E7%9F%B3
イラン少なくとも2000年以上にわたり、ペルシャとして知られたこの地域は、トルコ石のもっとも主要な産地
だった。

「エジプトでのトルコ石の使用は、第一王朝か恐らくそれ以前まで遡る。」 
「トルコ石は女神ハトホルに関連しているとされ、古代エジプト人から非常に好かれたので、恐らく模造品が
作られた最初の宝石になった(ファイアンス焼きとして知られている人工の釉薬をかけた陶器の製品によって
作成されたよく似た類似品」

 夜空はラピスラズリ色であったが、日中の青空は、水色だからハトホルのカラーなのだろう。次のサイトによ
れば、水色の顔料を用いたのは、エジプト人が最初ということだ。しかも、ハトホルを象徴するイチジクの樹で
ある。明らかに、水色は昼のハトホルを、そして瑠璃色(ラピスラズリ)は夜のヌト(恐らくは夜のハトホル)を象
徴するカラーだったのである。


 http://gallery.sjsu.edu/arth198/painting/watercolor.html

Painting: Watercolor
Some of the earliest forms of recorded watercolor painting are Egyptian hieroglyphs containing
illustrations on papyrus rolls from 1000 B.C.. 」

 それがイシスの象徴であるの色が主として瑠璃色なのに、時として水色で塗られた原因である。それは
確かにヌト女神のアトリビュートである。だが、イシスはハトホルのアトリビュートを吸収して角の有る太陽円盤
を戴くようになったではないか!エジプトの歴史を通じて、最も愛された女神はハトホルであったが、新王国の
末期からギリシャ・ローマ時代にかけてはイシスが主たる女神の座についた。ハトホルがヌト女神と同化され、
さらに周辺の女神の特性を摂取していったように、イシスはヌト女神やハトホル女神の属性をも我が物としたの
である。

 このイシス信仰や芸術的特性が、原始キリスト教徒に採用されたことは、万人の認めるところである。イエス
を抱くマリア像は、ホルスを抱くイシス像の転用である。だが、我々の想像以上に、細部にわたる属性までも
取り入れられたようである。

 次のサイトは彫像でエジプトのイシス像とローマ時代のマリア像を比較している。

Isis with Horus child. Photo by author: Cairo Museum.

Roman Madonna, from Egypt. Transitional types
between Isis iconography, above, and the Christian
Madonna with child. 
http://www.historyofreligions.com/birthof.htm

 J・チェルニーは「エジプトの神々 六興出版」の中で次のように解説している。

「聖処女マリアの崇拝や、マリアが幼な児イエスを腕に抱いている姿が、幼いホルスを膝にのせた女神イシス
の影響を大いに受けていることにほぼ間違いないであろう。(中略)十二月二五日をイエスの誕生日として選び
クリスマスとして祝うことですら、旧来の太陽の祭りラーの誕生』(メスゥーラーあるいはメストラ)を永続させたも
のである。214p」

 この事実は、遥かJ・J・フレーザーですら指摘しているのだが、次のサイトによっても支持されている。このサイ
トは、ローマ時代のイシス像を紹介している。


http://www.robertbauval.co.uk/articles/articles/egstarbeth3.html
「Roman Isis and the child Horus (20 BC)

 指を口元にやる仕草である「指しゃぶり」は、エジプト人が子供を表現するときの伝統的手法である。しかし、
幼いホルスは太陽と同一視されており、東天に出でようとする若き太陽を象徴している。だが新年の日の出と
は、大いなる死からの復活であり天地開闢における太陽神の出現に相当した。だから、初期キリスト教徒たち
は、イエスを太陽神ラーと同一視して12月25日を誕生日としたのである。すると、太陽神ラーの母とは誰であ
るかといえば、ヌト女神に他ならない。だが、初期キリスト教徒たちは、迫害者セト神の魔の手から逃れ、霊的
に太陽の子を身篭ったイシス女神を聖母マリアの主たる性格とし、エジプト人と同様な混淆主義的寛容さから
夜空の女神の特徴をもイシス女神に帰属させたのである。かくして聖母マリアは処女で太陽の子イエスを懐妊
して育みながら、夜空をローブとして纏うのである、しかもエジプト人が夜空を表現するに用いたラピスラズリの
顔料に拘って!

 以下は中世の聖母マリア像と思えるが、イエスの右手がローマのものと非常に似ている。つまりは幼いホル
スの「指しゃぶり」を遠慮気味に表現しているのである。

http://www.davidicke.com/forum/showthread.php?p=273923

 「This is to symbolize the cosmic mother-who gave birth to the heavens and planetary bodies,
through her DIVINEgina
-and the virgin mother- we now know as Mary>Originally Auset or the Greek
= ISIS.」
「It was Auset (Isis) who retrieved and reassembled the body of Ausar (Osiris) after his murder and disme-
mberment by Seth. In this connection she took on the role of a goddess of the dead and of funeral rites.
Auset (Isis) impregnated herself from the corpse and subsequently gave birth to Heru
(Horus).
She gave birth in secrecy at Khemmis in the Nile delta and hid the child from Seth in the pap-
yrus swamps. Heru (Horus) later defeated Seth and became the first ruler of a united Egypt. Auset (Isis),
as mother of Heru (Horus), was by extension regarded as the mother and protectress of
the pharaohs
. 」

 この絵は、宇宙の母が象徴化されたとしてマリアがイシス神話に起源を持つ事を指摘している。ここで着目
すべき点は、マリアのローブと夜空がラピスラズリ色ということだ。初期キリスト教徒のイメージしたマリア像は、
後世に忠実に受け継がれたようである。何故なら、ルネッサンスに至ってもマリアのローブはラピスラズリで塗
るのが常識とされていたからである。

 「ウィキぺディア」は「群青色」で、( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A4%E9%9D%92%E8%89%B2 )
下記のように解説している。

 「ルネッサンス期の西洋絵画など古くより、ラピスラズリを精製し使われてきた。ラピスラズリは古来アジア
においては粉砕し用いられた経緯もある。ヨーロッパへはアフガニスタンから西アジアを経てもたらされたため、
当初は大変に高価な貴重品であり、純金と等価もしくはそれ以上の価値で流通していた。」
 
 「フェルメール「真珠の首飾の少女」のターバン等に見られる青は、ラピスラズリより得られた天然ウルトラマ
リンブルーである。天然ウルトラマリンはフェルメールの絵画において特徴的な色彩である為、フェルメール・
ブルー
の異称で呼ばれることもある。(中略) ラピスラズリより得られたウルトラマリンブルーは最上の青とし
て聖母マリアに捧げられた。このため、この青色にはマドンナ(Madonna)・マドンナブルー(Madonna blue)
という別名がある。また、画家ラファエロが聖母マリア像を描き、その中でこの色を用いたことからラファエル
(Raphael, ラファエロの英語名)という別名もある。」

 
「真珠の耳飾の少女」 ラファエロの聖母像

 「ウィキぺディア」は「瑠璃色」の解説で「西洋では伝統的に聖母マリアのローブの色として用いられていた
瑠璃だが」と指摘している。この瑠璃とはラピスラズリの和訳である。


http://webexhibits.org/pigments/indiv/
color/blues2.html
http://gwydir.demon.co.uk/jo/egypt/nutgeb.htm
King Ramses III. (1170 B.C.) The blue helmet with golden  serpent is the symbol of royalty

 夜空としてラピスラズリで表現されたヌト女神の特性は、エジプト末期にイシス女神に吸収されてしまった。
一方、原始キリスト教徒は、理想のマリア像のイメージをイシス神話から導き出した。彼らにとっては瑠璃色の
を戴くイシスは、夜空の女神としてラピスラズリのローブを纏っているべきだった。その確信は揺らぎ無きも
のであったから、聖母マリアは夜の宇宙を象徴すべきで、その象徴性はローブの色に託された。故に、西洋で
は伝統的に聖母マリアのローブは黄金よりも高価なラピスラズリを顔料として描かねばならなかったのである。



□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■
  引用文献
① リチャード・H・ウィルキンソン 「図説古代エジプトシンボル事典 原書房 2003.3.15」